今日僕はりんごの木を植える

Even if I knew that tomorrow the world would go to pieces, I would still plant my apple tree.

宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃:俯瞰とパラダイムシフト

 宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃(著者:加藤文元氏)は、数学上の未解決問題の一つであるABC予想を証明した宇宙際タイヒミュラー理論Inter-universal Teichmuller Theory:以下、IUT理論)について、提唱者である望月新一教授(京都大学)と交流のある加藤文元教授(東工大)が一般向けに解説した本である。本書ではIUT理論の基本思想のエッセンスを一般の読者に伝えるということに主眼を置き、難しい数式はほとんど出てくることはない(そのおかげで私も読むことができた)。本書を読んだからと言って、IUT理論について理解ができたというにはほど遠いが、これまでの数学とIUT理論が如何に異なるかについては理解ができた。IUT理論ではこれまでの数学一式が成立する舞台=宇宙を複数想定し、それらの宇宙間の往来や関係を論じる理論である。これによりこれまでの足し算と掛け算を分離することが可能となり、この分離がABC予想の証明につながるようである。ただし、ABC予想の証明は副産物に過ぎず、この理論の核心はABC理論を証明することではなく上記のように複数の宇宙を考えることである。

 この理論、特にこの理論の複数の宇宙を想定するとの考え方は数学界にパラダイムシフトをもたらすと著者は本書で言及しているが、そこで私が思ったことは、物事を引いて見る、つまり俯瞰することがパラダイムシフトにつながるということである。これまで一つの宇宙で物事を考えていたところを、その宇宙を俯瞰することによって、その宇宙の外はどうなっているのか、複数の宇宙を想定しうるのではないかと望月教授は気づいたのではないだろうか。この俯瞰することはしばしば科学においてパラダイムシフトをもたらしてきた。例えば、地球上の物体の運動はニュートン力学により近似的に記載できるわけだが、地球からさらに引いて見て、宇宙的スケールの巨視的、光速的な運動を考えたときニュートン力学は成立せず、そしてそのスケールでも成立するアインシュタイン相対性理論が提唱されるに至った。つまり、これまで対象としていた枠を(物理的にのみならず様々な次元で)引いて見たとき、従来見えてこなかったもの見えてくる。つまり俯瞰とはこれまで考えていた次元とは異なる次元を垣間見るための手法の一つといえる。それは、科学の世界のみならず、私たちの普段の生活にも有用である。いつもは、何も考えずにやる作業もそれを俯瞰してみたときに今までは気づかなかった新たな世界を見ることができるかもしれない。